ジェンダー・ニュートラルなスウェーデンの影響?新米ママたちとの交流でびっくりしたジェンダー観の話

おめでたいことに、最近身近に新米ママさんが2人誕生した。その人たちと交流するなかで、少しびっくりしたことがあった。

ママふたりともわたしと同年代なのだけど、我が子に向かってやたらと「男の子だから」「女の子だから」って言うのだ。

本当にびっくりしてしまった…「めっちゃジェンダー観刷り込むやん」と思ってしまった。

世話をしていると生物学的な性差をすごく感じるからなのかな?

 

親のジェンダー観と子どもの個性が葛藤しないのか

赤ちゃんに向かって”ジェンダー観の刷り込み”なんて過剰反応だなって、我ながらちょっと思ったけれど、でもどうも違和感が拭えないのだ。

なんでもかんでも理由付けを性別にすると、「男の子/女の子はこうじゃなきゃだめなんだ」って感じ取って、それがもしその子の個性と相容れないものだったら”我慢”しちゃうかもしれない、って思ってしまう。杞憂かな。

幼稚園とかの時点で刷り込みって結構進んでいるから、例えば小さい子に「泣かないの、男の子なんだから」「女の子だからおとなしくしなさい」とか言っちゃうのって、乱暴なんじゃないかと思うのだ。

 

古い社会的性役割はこれから必要ない

生物的な性差はもちろんあるけれど、いまの社会においては社会的な性役割ってほとんど時代錯誤じゃないですか、って思っている。なので、それをわざわざこれから生きてゆく子どもたちに植え付ける必要って、ぜんぜんない。

「男が外で稼いで女が家を守る」いわゆる家父長制を社会の基盤にしていた時代は、この制度をおびやかす存在が出ないように「男たるもの〜女たるもの〜」というジェンダー観の刷り込みをある意味必要としたんじゃないか、と思う。

でも、その家父長制は戦後すぐ廃止されているし、”家父長的な家”というのは完全にマイノリティーになっていきますよね。経済力的にも実現できる人ってほんの一握りだし。

ざっくり言えば「男も女も仕事・家事垣根なくやる」時代になってきている。

その社会の実態と自身のジェンダー観がずれていたら、いろんな場面でいちいち葛藤しなきゃいけなくなるのではないか

 

スウェーデンのジェンダー・ニュートラルな教育の試み

「家父長制を支えるジェンダー観を子どもに植え付けまい」という感覚は、大学で学んでいたスウェーデンの影響かもしれない。

スウェーデンは世界の中でも男女平等に関してトップレベルで(ジェンダーギャップ指数2017ではスウェーデン5位、日本114位*1)、社会制度も徹底して”個人主義”と”民主主義”に基づいているので、それに合ったジェンダー観を持った人が多い。

こんな記事があった。

賛否両論! スウェーデンの「男女完全区別なし保育」は子供にいいのか、悪いのか?

スウェーデンにある公立の就学前学校「エガリア」の教育方針についての記事。

女の子が積み木やミニカーで遊んでも、男の子が人形を使っておままごとをしても誰も何も言わない。同校では「男は男らしく、女は女らしく」といった昔ながらのジェンダー観を植えつけないよう、性別によって子供の扱いを変えない教育方針をとっている。

こういった考えを「ジェンダー・ニュートラル」というのだそう。

子ども達の人生の可能性を広げたい、という想いで行っているとのこと。なかにはこの取り組みに反発する動きもあるらしい。世界的に見ても、変化が起きるポイントに今いるのかもしれない。

 

さいごに

わたし自身は子育てをしたことがないし、数字で測れない話なのでふわっとしているけれど、最近生まれた赤ちゃんの”周りの大人の一人”として、自分は気をつけよう〜と思った。

*1 内閣府男女共同参画局「『共同参画』2018年1月号」http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2017/201801/201801_04.html


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