古本屋さんのおじさんと日本語の話。言語学習は「役に立つか」で測るものではない

あらゆるヨーロッパの街にあるように、スウェーデン・ユーテボリにも旧市街がある。ハーガ(Haga)といって、たくさんの洒落たカフェや可愛らしいお店が並んでいる。主にハーガニィガータ(Haga Nygata)という道一本だけの、小さなものだけれど。

そのハーガの通りの途中でちょろっと横道へ入ったところに、古本屋さんがある。

ここには5年前に留学していた時にも訪れたことがあって、歴史や戦争関連のスウェーデン語の本がたくさんあり、当時一応歴史を学んでいた身としてはかなりツボで何冊か購入していた。

今回の滞在ではなんとなく「行ったことがないところに行こう」と思っていたので、この本屋さんに寄る気はなかったのだけど、この日が久しぶりの晴れで気分が良く、さらにおいしいブルーベリーケーキとコーヒーで気分がとろけていたためか、ただふらっと足が向いたのだ。

お店の外に並べられている本のなかに、「Berlin」の文字が。これからベルリンに行くし、と思って手に取ったもののなかなかに分厚く、内容もシリアスなものだったので断念。けれどなにか手頃な、スウェーデン語の練習になって読み切るまで興味が続くような本があるかも?と期待して中へ入った。

店内には以前と変わらず歴史コーナー、言語コーナー、芸術コーナー、料理コーナーなどがあり、店の真ん中のテーブルには第二次世界大戦特集が組まれていた。その中には日本軍関連のものも多い。


2枚目は戦争関連ではなく刀の持ち手のところの器具?の特集。笑

大好きなジャズ歌手であるMonica Zetterlundの本や、トーベヤンソンのムーミンシリーズとそうでない本もあって購買意欲が掻き立てられる。でも一冊175sekだったりして、分からない自分が買うのは豚に真珠だなと思い直したり。

一通り見た結果、小さい頃に読みかけのままちょっと気になっていた「モモ」のスウェーデン語版をみつけ、続きが読みたくなって購入することにした。

店主のおじさんは長髪をスポンジの束みたいにして(なんていうんだろう、ヒッピー!って感じのやつ笑)まとめてお団子にした特徴的な髪型で、前から見たらお団子が見えないしきちんとした服装をしていたので、それに気ついた時はびっくりしてしまった。なんというか、いいギャップだ。

レジに持っていって「これください」と本を差し出して、何を思ったか「今スウェーデン語勉強していて、この本、小さい頃家にあったから」と言っていた。自分でもそんなおしゃべりをする気はなかったのに、あのブルーベリーケーキになにか入っていたのだろうか。

おじさんはカードリーダーを出しながら「そうかそれはいいね。世界で一番いい本のうちの一つだよ。中国かどこかから来たの?」とフレンドリーに返してくれた。それで「日本からです」というと「Nihon desuka!」と言われて焦って「E! Nihongo!」と言って笑ってしまった。

聞くとおじさんは昔、ストックホルムの大学で1年間日本語を勉強していたんだそう。結局その場ではスウェーデン語でお話ししたけれど、昔に1年勉強しただけにしてはかなりの語彙力では?と思うくらい、おじさんは日本語をよく覚えていた。

おじさんの話で印象的だったことがある。

おじさんは今古本屋さんをしていて、直接日本語を使うことは日常ではないのだけど、こうして旅人とたまーに日本語を使ってコミュニケーションできるのはとても楽しいということ、そして、本やいろいろな情報の中で日本語に遭遇した時、頭の隅っこに残っている日本語の知識がを引っ張り出して「あ、この単語の意味はこうだな」とか考えるのが楽しいんだよね、ということ。

じゃあね!ありがとうございました!と言って本屋さんを離れて、ぼちぼち歩きながら、ああいい話だったなあ、と思った。

 

わたしは大学受験をする時に、ただ行ってみたいから、というだけの理由でスウェーデン語を学べる大学を選んだ。将来のことはあんまり考えていなくて、でも話せる人が少ない言語の方が何かしら職にありつきやすいのでは?なんて思ってもいた。卒業する前にはスウェーデン語の仕事なんて日本にはない、あっても自分の言語レベルでは無理だということはわかっていて、でもせっかく学んだのになあ、と諦めきれなかった。

どこかで、「使えないこと勉強するのって時間の無駄じゃない?」とか「役に立たない言語を勉強して非合理的だな」という冷たい思想があった、かもしれない。単純にもっと勉強したいとかポジティブな気持ちもあるけど、そういうネガティブな思想は、たぶん確実にわたしの中にある。

人工知能が発達して、言語学習の必要性がなくなる!という言説に似ている。それを見るたびに「そんなことはない」と反論しつつもグサッと来ていたのは、どこかで共感していたからだと思う。

 

でもやっぱり、そんなことはないんだ。

古本屋のおじさんは、わたしと話をしたあの時、日本語を話したのが3年ぶりとかだったかもしれない、例えばね。でもお店に置く本の中に日本語を見つけたり、寿司屋で文字をみたりするなかで、「あ、この単語の意味はこうだな」とか考えていて、それを「楽しいよね」と思っているのだ。

言語を学んで、その言語の文化を知って、思わぬ人と繋がれて、知らなかった世界を垣間見て。その頻度が高くても低くても、そういう出来事が人生の中で起こる、ということが、ものすごくワクワクすることだ。だから語学学習は、絶対に無駄にならない。まさに文字通り「人生が豊かになる」、最高に楽しくて長期的なアクティビティなのだ。

 

ハーガの端っこで、有名なカフェの前で記念撮影している人がいた。うっかりカメラの前を通りかけて、慌てて避けると、渋い声で「ダンケ」と言われた。とっさのことで反応できなかったけれど、次の目的地ベルリンへの、新しいワクワクへの前触れのような気がして、心が躍った。


スポンサーリンク




スポンサーリンク




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA