5年ぶりに来た。

スウェーデン第二の都市、ユーテボリ。

スウェーデンの全人口自体が大阪より少し多いくらいだから、第二の都市といってもそれほど大きくはない。ボルボがあるように、工業都市として発展した労働者の街だ。うんと昔は、スウェーデン東インド会社があって栄えたそうな。

 

わたしは大学生の頃、交換留学生としてこの街にやってきた。特に思い入れもない、ただ母校と提携していたからというだけの理由で来た。10ヶ月、しかも秋口から春までという夏を逸した惜しい期間の滞在だったけれど、ふわふわふらっとやってきたわたしに色とりどりの試練を与えてくれ、帰るときにはここを離れることが信じがたくて、空港行きのバスで一人大号泣していたのだった。

あれから大学を卒業して就職しそして辞めるまで、一度も来なかった。

今回ここにどうしても来たかったのには、理由がある。しょうもないような、恥ずかしいような、ぜいたくなような理由。

それは、前に進むため、だ。

今来ないと、うまく前進できない、と思った。

ぶっちゃけてしまうと、この街にまだ住んでいる友達はもう一人しかいなくて、観光するにしてもあまり見どころがない(と言い切ってしまってはユーテボリ人に失礼なのだけど)。楽しみにして来る要素があまり多くない、と言ってしまっていいと思う。

ただ、留学生活があまりに理想とかけ離れていた悔しさから、ずっと腹になにか消えない火がくすぶり続けていて、前後の文脈も具体性もなく「また行く」と決めてはいた。そしてその後、現実でうまくいかないことがあると、スウェーデンに関係のないことでもそこにエネルギーを集めてしまって、気が付いたら「また行く」が、無視できない怨念みたいになってしまった。

くすぶる火が大きくなるにしたがって、ユーテボリでの生活が、当時自分にとって決してバラ色ではなかったはずなのに、なんだかいいものだったかのように錯覚するようになった。

ユーテボリが、記憶の中で美化された、立派な逃げ道になっていった。

会社をやめたとき、実はまだユーテボリに来ようとは思っていなかった。自分のペースで仕事ができる環境を作ろう、その一点で活動していた。でも例の怨念が頭にこびりついたままでは、なんだかうまく考えられなくて、最終的に「ああもう分かったから。ちゃんと向き合うから。」と根負けしたようなかたちで、いそいそと航空券を購入したのである。

来る前にはもう、「美化しなかったらユーテボリは大阪と変わらん」ということは分かっていた。場所が変わったからといって、同じ資本主義の世界でまわっているのだし、毎日働いてご飯を食べて整えて眠る、ということは変わらない。でも、それを目の当たりにして、しっかりと実感を持ってガッカリしないといけなかった。そうしないと、怨念の炎は納得しなかった。

今、ユーテボリに到着して4日目なのだけど、ようよう納得した。たしかにここは普通の街だ。普通の人たちが生活している。朝はちょっとしんどそうな通勤ラッシュ、夕方にはバタバタとせわしないスーパーマーケット。昼間やたらとカフェに人がいるとか、子連れのパパがうじゃうじゃいるとか、日本と違うぞ、ということはあるけれど、たぶん大方そんなに変わらない。

来て、よかった。

納得するの早すぎ!と思っている、正直。本当に「来た」だけで満足してしまった。こんな贅沢なことがあるか、とちょっと怒りすら覚える(笑)。けれど今、自然と頭の中がこれからのことを考えている。

これから、どの街に身を置いたとしても、生活の基本的な部分は変わらない。逆に生活がしっかりと立っていれば、どこでもたいていは生きていけるだろう。自分に必要なものも、ちらりちらりと見えてきている。規律と、人と、経済力、とかそういった。

あるとても素敵な人が、人生の新しいチャプターですね、と言ってくれた。今の時間、わたしは長く心に巣くってきた弱腰逃げ腰な態度をしゅわしゅわと昇華させて、人生の新しいチャプターを、心の赴くままに描いていこうと思う。


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