気づく機微と気づかない機微がある

気づく機微と気づかない機微がある、と気付いた話。

気づく機微と気づかない機微の違い、これは立場の違いが分かれ道なのではないか

と思ったのは、今までに発見した印象的な「機微の漏れ」を並べてみたときに自分に対するものがなく、自分に対するものにはあまり気がついていない可能性があると気づいたからです。気づきがいっぱい。

機微の漏れ」を発見したことはあるでしょうか。

わたし史上もっとも印象的な機微の漏れベスト3は以下です。

その1:先輩の扱いを決定した瞬間

大学生のある日、サークルの同期の男の子が一つ上の女の先輩に対する扱いを「かわいい」に決定した瞬間を目撃しました。その先輩はしばらく休んでいて、復帰したとき既にわたしたちの代はサークルに馴染み人間関係も構築しきっていました。そこで「この先輩はどういうキャラでどう扱うべきなのだろう」というザワザワがあったのです。その先輩との初絡みのとき。正直その先輩はハッと目を引くほど見目麗しいというわけではなかった。そこでその男「かわいい」ベースのいじりを開始したのです。横にいた別の男子は「えっ」と戸惑いを表したけれど彼はそれを制止して「かわいい」を続行しました。その先輩はややシャイで本当に可愛らしい人だったので、その男の子の判断は正しかった。その制止と「かわいい」の隙間に彼の真面目な社交性が漏れておりました。

その2:キャラを構築している先輩の真顔

社会人になって、会社という新しい組織に飛び込みました。そこでは学校と同じく「キャラ」が便利だ、ということに退職してから気づいたのだけど、ある先輩社員は既に心得ており、社内の全方位に”自分をどう扱ってほしいか”を発信していました。明るく陽気でざっくばらん、話しやすくてプーさんみたいなパパ。周りはそれを分かって望む通りの扱いをしていたのか、本当にそういう人物像だと信じていたのか、そこまで深掘りしたいとも思わないのか(たぶんそうでしょう)、その「キャラ」運営はうまく機能しているようでした。そういったキャラなので新入社員との絡みを多く持っていたのだけど、新入社員であるわたしとしては決して”話しやすいパパ”などではなく、綿密な戦略を必死に遂行する策士でしかなかったです。気を抜いたときにはやはり策士としての真顔がまれに出てしまうのでね。

その3:場を盛り上げる人の目

複数人でご飯を食べたりするとき、その場で盛り上げようとしてくれる人がいると助かります。特に初対面の人同士がいると。先日こういう場面で全員が楽しんでいるか俊敏にチェックしている人がいて、はぁこりゃすごい技だ!と思いました。思い返せば、いままでもそういう人の目を見たことは幾度となくあったのだけど、久しぶりだったので新鮮でした。場の空気に流れる時間とその人の脳内を流れる時間が明らかに乖離していて、その隙間の目の動きを観察するのが面白い。

 

さてこの3つの瞬間、よく考えたら自分に向けられている瞬間ではありません。ということは。

 

自分もたくさんのひとの「わたしはこうです」をまんま受け取っていたのではないか。それは本当にそれでいいのだけど、もしかして、違った側面を見逃していることに盲目だったかもしれない。これは傲慢だ。

 

幼少期から人の顔色を伺う癖があるせいで、自分は人の「機微の漏れ」を見つけるのが上手い方だと知らぬ間にうぬぼれておりました。

それに、機微の漏れだなんだと得意になってみたけれど、それが偶然の動きである可能性も高く、またその人の様々な”知りようのない事情”からこちらが想像もできない意味を持っているかもしれない、ということも心に留めておく必要があります。ね。

 

などと言っているけど、人間観察は面白い。


スポンサーリンク




スポンサーリンク




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA